『コミュニケーション科学』東京経済大学コミュニケーション学会,No.10,1999,pp.27-34

ホームページにおけるバリアフリーの試み
−東京都の事例をもとに−
Designing Universally Accessible HTML Documents

中村広幸・寄藤昂

NAKAMURA Hiroyuki(University of Tokyo)
YORIFUJI Takashi(Chukyo Womens University)

はじめに

 コンピュータ技術と通信技術からなる情報通信技術は、現在、社会のあらゆるところで用いられている。これらの技術は市民生活の利便性を向上させている反面、これらが生み出す機器やシステムが人間にとっての使い勝手を必ずしも改善していないばかりか、むしろ悪化させたり、新たな格差を生み出す場合もある1)。たとえば、タッチパネルをマンマシンインターフェースとして用いる機器は、視覚障害を持つ者の利用を制限してしまうことがある。代表的な例は銀行のATMにみられ、早くから問題が指摘されているが、同様の事態は現在でもしばしば起きている2)
 こうした点について、米国では1986年に制定された「米国リハビリテーション法」や1990年に制定された「米国障害者法」およびその後に策定されたガイドラインにより、障害者に対する機器利用格差の是正と情報アクセス確保に対する方策がとられてきた。また、最近制定された「米国通信法」でも障害者の情報アクセスを保証するために、電気通信事業者やメーカーが果さなくてはならない義務が盛り込まれている。日本では通産省が1990年に「情報処理機器アクセシビリティ指針」を、郵政省が1997年に「高齢者・障害者の利用に留意したコミュニケーション環境のガイドライン」を公表しているが、機器やソフトウェアのアクセシビリティに対する一定のガイドラインを示しているにとどまっている。
 一方、インターネットの急速な普及により、ウェブページを用いて情報や各種サービスを提供する企業および公共機関が増加している3)。こうしたサービスはインターネットの特徴のひとつとされる視覚的なインターフェース(GUI:Graphical User Interface)を用いることが多いため、たとえば視覚障害を持つ利用者の利用が制限されてしまう事態が起こり得る。
 前述したガイドライン・指針ではウェブページといった具体的なものについて詳細に触れてはいないため、インターネットの普及に伴い、情報アクセシビリティに対する新たな格差が増大する恐れもある。そのため、米国では、すでに複数の団体や機関、研究者がこの問題に取り組み、多くの研究成果が報告されているが、わが国では、議論は端緒についたばかりである。
 このような状況のなか、筆者らは幸いにして、東京都が行った「都政情報提供システム」の構築作業4)に外部専門スタッフとして参画し、インターネットなどの電子的なメディアを用いた行政情報の提供に関する詳細な検討を行う機会を得た。その過程で、筆者らはバリアフリーの観点からウェブページのデザインを検討し、ウェブページを実際に作成する際に配慮すべき点を具体的に指摘することを試みた。本稿はその成果の一部を公開するものである。

バリアフリーを考慮したウェブページのデザインに関する動向

 障害を持つ者や高齢者のアクセスを考慮したウェブページのデザインに関する研究は、W3C(World Wide Web Consortium)のものが代表的である。W3Cは「誰でもがアクセスできるユニバーサルデザインをめざし」、WAI(Web Access Initiative)という活動を行っており、障害者を含むあらゆる人々がアクセス可能なウェブのインターフェイスを検討し、ホームページの構造、画像の扱い、表組みの扱い、フレームの扱いなど、多岐にわたる項目に対してガイドラインを公表している5)。このようなW3Cの活動だけでなく、米国では大学や政府機関などにおいてもバリアフリーを考慮したウェブデザインの検討が行われ、多くの研究成果が報告されるとともに、NII(National Information Infrastructure)における公式ガイドラインも公表されている6)
 翻ってわが国では、情報工学など工学の分野や情報処理学の分野を中心に、機器のハードウェア面のアクセシビリティや個別機器のインターフェースなどに関する研究成果が多くみられるものの、ウェブページのデザインについての研究蓄積はほとんどみられず、特定の企業が企業活動の一環として行った研究成果を公表したり7)、ウェブデザインを解説した商業誌で簡単に触れられたり、少数の研究事例が試案として発表されている程度である8)

「都政情報提供システム」におけるバリアフリーの試み

 「都政情報提供システム」の構築にあたり、東京都は公平性の観点から「障害者や高齢者など社会的弱者の情報アクセシビリティを確保できるよう配慮すること」を基本原則とし、個別の機器やシステムについて配慮する一方、視覚障害者のための音声応答サービスや聴覚障害者のためのファクシミリ情報サービスなど、システム全体でのバリアフリーをめざした9)
 さらに、筆者らは、こうした機器の面だけではなく、ウェブページについても検討を重ねた。障害者のアクセシビリティに対する従来の方策は、たとえば視覚障害者であれば全く目が見えない者を想定して行うことが多かった。しかし、現実には、弱視や色覚障害を含む中程度の障害を持つ者も多く、このような機能の低下に対してどう対処するかについての検討が必要なことは明らかである。にも関わらず、これまでは十分な検討が行われてきたとは言い難い。そこで、ウェブページのデザインにあたって筆者らは、弱視・色覚障害などの視覚障害を持つ者、手先の震えといった機能障害を持つ者、高齢者などでもわかりやすく使いやすい工夫を施す必要性を強調し、画面デザインにあたっての検討を重ね、ウェブページの作成に関するガイドラインを作成した。
 ガイドラインは、CD-ROMに収めたとおり、(1)肢体不自由の方のために、(2)弱視の方のために、(3)色覚障害の方のために、(4)目の見えない方のために、(5)耳の聞こえない方のために、(6)健常者との共用、という章立てで、それぞれについてウェブページの作成にあたって留意する点を示した。
 実際の「都政情報提供システム」のウェブページの作成にあたっては、このガイドラインの主要部分である「バリアフリーの考え方」を下記のようにウェブ上に公表している10)

 1. テキストブラウザからのアクセスを考慮しています。
 2. 色・文字の大きさ等を強制的に設定しないようにしています。
 3. 基本操作部の場所を統一しています。
 4. 特殊フォーマットのデータは、別のフォーマットでも提供しています。
 5. 長いファイル名称は使用しておりません。
 6. タイトル部分は規則的に作成しています。

おわりに

 障害者や高齢者でもアクセスしやすいウェブページをデザインすることは、健常者の情報へのアクセシビリティをも高めることに他ならない。WAIの中で議論されている「音声や動画などをウェブ上で同期をとりながら利用できるようにするための仕様の検討」なども、聴覚障害者や視覚障害者に役に立つだけでなく、一般的なハイパーテキストやマルチメディアの処理に対しても有効である。
 さらに、今後の日本社会の高齢化を見据えた場合、年を重ねるにつれて誰でもが経験することになる身体機能の低下といったことにも配慮した、より多くの人がアクセスできるウェブページのデザインも求められる。同音異義語の多さなど、日本語のウェブページに特徴的に現れる問題もあり、欧米の先行研究をフォローするだけでなく、日本における今後の研究蓄積も必要である。

謝辞

 本稿に添付したHTML文書による「ウェブページ作成のためのガイドライン」(CD-ROMに収録)の作成にあたっては、日立製作所の豊島久氏、和田雄史氏、山田康嗣氏のご協力を頂いた。この場を借りて謝意を表したい。また、本稿を公表することを快諾して頂いた東京都政策報道室に対してもこの場を借りて謝意を表したい。

付記

 添付されているCD-ROMに収録されている「ウェブページ作成のためのガイドライン」は、HTMLにより記述されている。Internet Explorer、または、Netscape Navigatorなどのブラウザーで参照することができる。これらのブラウザーを起動し「WEB-GL.HTM」を開くか、同ファイルをブラウザーのアイコン上にドラッグ&ドロップして欲しい。
 本稿で示した「ウェブページ作成のためのガイドライン(試案)(1998年3月)」は都政情報提供システムの開発過程における研究成果をもとにしたものであり、一部はすでに日本社会情報学会第13回全国大会(1998年10月)で発表したものである。
 本稿を投稿した後、1999年5月には、W3Cが「Web Content Accessibility Guidelines」を、郵政省が「インターネットにおけるアクセシブルなウェブコンテンツの作成方法に関する指針」を相次いで発表しているが、これらについては論を改めて述べたいと考えている。


1) 寄藤昂(1991):「情報福祉論」神奈川県企画部電算システム課編『情報基本権と情報福祉−「かながわ情報プラン関連論文集」』神奈川県。

2) 最近ではJR東日本のタッチパネルを導入した高機能自動券売機に関する議論がある。JR東日本は1995年に新型タッチパネル式自動券売機の導入計画を発表したが、タッチパネル式の券売機では視覚障害者の利用が著しく妨げられるため、視覚障害者団体が計画の見直しを申し入れ、券売機の設計が見直された。

3) 地方自治体が様々な行政情報を提供する手段としてインターネットを利用する例がここ数年急速に増加している。1997年10月現在、地方自治情報センターが提供している「地域発見」に登録されている自治体のホームページは811にのぼる。

4) 東京都は「とみん情報システム」(通称「とみんず」)を1991年から運用し、お知らせや都政ニュースといった広報的な情報や公共施設の案内などのいわゆる地域情報・行政情報の電子的な提供を行ってきた。しかし、実際のニーズと合致しておらず、議会などで「利用がはかばかしくない」との指摘がなされたことから、東京都は全廃を含む大幅な見直しを行った。詳細は、東京都情報連絡室(1995):『柔軟で開かれた「都政情報提供システム」の構築に向けて 「とみんず」研究会報告書』、東京都情報連絡室(1996):『都政情報提供システム基本計画書』を参照。

5) WAIについての詳細はW3Cのウェブサイトなどを参照。URLは、http://w3c.org/WAI/。

6) CITA and the NII Task Forceのウェブページを参照。URLは、http://www.itpolicy.gsa.gov/cita/nii.htm。

7) 日本アイ・ビー・エムのウェブページには、ウェブページのデザインガイドやチェックリストなどが掲載されている。前者のURLは、http://www.ibm.co.jp/kokoroweb/tips/、後者のURLは、http://www.ibm.co.jp/accessibility/。

8) 中村肇「ホームページのユーザビリティ・チェックリストに関する一考察」平成8年度日本人間工学会関東支部大会一般講演(発表)などがある。

9) 詳細については東京都の公式ウェブページを参照。URLは、http://WWW.METRO.TOKYO.JP/INET/ANNAI/BARIA/HTML.HTM。

10) URLは、http://WWW.METRO.TOKYO.JP/INET/ANNAI/BARIA/HAIRYO.HTM。

参考文献

Apple Computer (1989) : Human interface guide lines : the apple desktop interface, Addison-Wesley, 144p.

Fontaine, P. (1995) : Writing Accessible HTML Documents, http://www.itpolicy.gsa.gov/coca/wwwcode.htm.

Vanderheiden, G., Chisholm, W., Ewers, N. (1996) : DESIGN OF HTML PAGES TO INCREASE THEIR ACCESSIBILITY TO USERS WITH DISABILITIES, gopher://trace.wisc.edu/0/ftp/PUB/TEXT/CURBCUT/WORKING/HTML_DSN.TXT.


本ページについて
 本稿は、東京経済大学コミュニケーション学会の学会誌『コミュニケーション科学』No.10,1999年からの抜粋である。同誌にはCD-ROMが添付されており、本稿における“CD-ROM”とはそれをさす。ここでは、CD-ROMに収録されているHTMLファイル「ウェブページ作成のためのガイドライン」をインターネットでアクセスできるようにした。
 本稿ならびに添付のHTMLファイルの一部または全部を著者の許諾なく転載・複写することは固くお断りする。
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