情報のアクセシビリティとバリアフリー

中村広幸(情報環境研究所代表)
はじめに

TDDの案内が表示されているサンフランシスコ空港ロビーの写真  ジェット気流に乗って予定より一時間も早くサンフランシスコに着く。税関がまだ開いていないということで三十分ほど待っての入国審査。久しぶりの米国西海岸の旅。通関し、空港ロビーに出る。いきなり目にとまったものが“TDD”の文字。数年前に訪れたときに比べて「お、何か変わったな」という印象。
 「米国障害者法」(ADA:Americans with Disabilities Act)が制定されたのは一九九〇年のこと、もう十年も前になる。この連邦法ができて以来、米国政府は相次いで障害者のアクセシビリティに関する一連の政策をとってきた。ADAを具体化した「ガイドライン*1」では、建築物や交通手段など、ハードをはじめとする様々な点で障害者のアクセシビリティを確保するための注意点を細かに規定している。州や市などの地方自治体は企業や市民に対して、条例でそれぞれの実情にあった規定を示している。
 日本でも、点字ブロック、スロープ、エスカレータ・エレベータの設置など、建築物や列車・飛行機などにおけるバリアフリーは以前に比べればだいぶ進んできた。しかし、米国のガイドラインが示すような「情報のアクセシビリティ」に関してはまだまだこれからという感が否めない。
ずらっと並んだTDDの写真  TDDとはTelephone Device for Deafの略。直訳すれば「聾者用電話機」。ADAのガイドラインは、空港などの公共の場で複数台数の公衆電話が設置してある場所ではTDDの設置を義務づけている。TDDそのものはADA以前からあったものだ。受話器を取って話す代わりに、キーを打ち、ディスプレイに表示される文字を読むことで相手と会話をする。初期のものは一行しか表示されなかったため、それなりに速読が要求された。街頭にある文字ニュースのイメージだ。最近のものは、表示面積も大きくなり、だいぶ使いやすくなった。パソコン通信やインターネットの「チャット」を経験したことのある人ならば、それと同じようなものだと言えばわかりやすいだろう。最近では、必ずしも聾唖者に限らないということで、昔懐かしいTTY(TeleTYpe)と呼ぶことも多い。
ATアンドTのTDDの写真  このTDD、サンフランシスコの空港には数箇所に数台づつ設置されている。また、市役所や公共機関、公立の博物館・美術館などの施設のパンフレットやホームページを見ると、電話番号とともにTDD用の電話番号が載っていることも多い。この番号にTDDから電話をかければ、それらの機関・施設の側でもTDDで応対してくれる。
カリフォルニア アカデミー オブ サイエンスのパンフレットからの抜粋
 TDDが典型的な例と言えるが、米国では情報機器利用格差の是正と情報へのアクセシビリティの確保に対する方策が早くからとられてきた。また、一九九六年に制定された「米国通信法*2」でも障害者の情報アクセスを保証するために、電気通信事業者やメーカーが果たさなくてはならない義務が盛り込まれている。



情報機器が生む新たな格差

 さて、情報へのアクセシビリティに関する問題は見回せば身近なところに数多く存在する。
 日本で問題となった顕著な例としては銀行のタッチパネル式ATMの問題をまずあげられるだろう。タッチパネル式ATMは一九八〇年代に各銀行が相次いで導入したが、導入当初から大きな問題があった。銀行や機械によってタッチパネルのボタンの配置がまったく異なるのだ。もともとタッチパネル方式はボタンの位置を自由に追加・変更したり、機能によって変えることができるため、銀行とソフトを作る側にとってたいへん都合がいい。たとえば、三時を過ぎると振り込みと預け入れのボタンをなくしてしまうというようなことができる。
 ところが、視覚障害を持つ人にとってタッチパネルは極めて使い勝手が悪い。従来型の機械的なボタンのものならば手探りでも操作できたが、タッチパネルでは全盲や強度の視覚障害を持つ人には、どのボタンかがさっぱりわからない。また、高齢者や上肢に障害があって指先が震えたりすると、間違えて隣のボタンを触ってしまうことがある。触らなくても静電誘導で誤入力することがしばしばある。
 このような問題を踏まえ、一九九〇年代半ばになると多くの銀行が音声ガイドを付けたり、点字を添えたボタンを追加したりして改善してきた。にもかかわらず、タッチパネル方式の機器については、繰り返し問題が生じている。
 数年前JR東日本が駅の自動券売機を高機能にするのにともない、すべての機器をタッチパネル式にすると発表した。これに対して、すぐさまいくつもの障害者団体から苦情が出た。同社はいったん導入を中止し、結局のところ、音声ガイドをつけるなど、一定程度配慮した機器を開発し導入*3している。しかし、高機能であるがゆえに健常者にとっても使い勝手が必ずしも良いとは言えない。今でも、自動券売機の前で途方に暮れている人を目にすることもしばしばだ。昨今、各地の自治体で見られる住民票の自動発行機も同様の問題を抱える。
 これらは、サービスや情報を提供する側の論理だけで技術を考え導入した高機能な情報機器が、情報アクセスに対する新たな格差を生んでしまった結果である。
 公共施設を中心にハード面でのバリアフリーへの取り組みは、日本においても最近はずいぶんと行われている。しかし、ATMや自動券売機、住民票自動発行機や公共施設に設置されたキオスク型の機器などのタッチパネルの問題、あるいはそれらの機器が車椅子に乗ったままではほとんど使えないといった問題、さらには、ホームページの画面づくりといったソフトの問題など、情報とそのアクセスに関するバリアフリーの問題は日本ではまだほとんど議論されていない。
 今後、行政サービスと市民との間に情報機器が介在することは間違いなく増える。こうした機器やソフトを検討するにあたって「情報へのアクセシビリティを確保し、新たな格差を生まない」ということは「公平性」というキーワードを忘れてはならない行政分野で最も重要な考え方のひとつである。

インターネットとバリアフリー

 近年のインターネットの急速な普及に呼応し、ホームページを用いて情報や各種サービスを提供する自治体や公共機関が増加し、その数は千五百以上*4に上ると考えられる。
 インターネットなどの電子的な情報伝達手段は、たとえば、文章を読み上げるパソコンの機能やソフト*5を活用して、全盲の人に対して点訳を経なくとも情報を提供できる可能性を見せてくれる。また、たとえば、文字の大きさを自由に変えられる機能を活用し、弱視の人でも自分の視力に合わせて文字を拡大して本を読むことができる。
 反面、十分な配慮に欠けた場合、インターネットの特徴のひとつとされる視覚的なインターフェース(GUI:Graphical User Interface)が仇となり、視覚障害を持つ者の利用を制限してしまう事態を引き起こしてしまう。
 実際、地方自治体のホームページは、「画面づくりに凝るあまりデータ量が多くなり、画面がなかなか表示されない」「情報のメンテナンスが悪い」「最新技術を用いたホームページにしてしまった結果、すべての利用者が利用できず、行政のホームページとしては重要な問題である」といった指摘*6をはじめ、バリアフリーへの配慮に欠けているなどの問題点が見られる。
背景色と同系の文字のため読みにくいページの例  具体例をあげよう。印刷物でも同じだが、いたずらに影をつけたりぼかしたデザインは、視力が弱い者には判別しにくい。たとえば、背景に同系色の絵柄を使用したり、無地であっても白地に淡い色の文字や明るい青の文字も読みにくい。同系色を避けたり、画像や絵柄のある背景上に文字を配置する場合は文字の輪郭を黒で浮き出させるなどの工夫があれば読みやすさは向上する(図1)。
 雑誌や本ではこれまでのデザインの歴史があるため、こうした点に配慮しているものも数多く見られるが、ホームページでは経験の浅さからか配慮に欠けているものも多い。ひとつには、ホームページの制作は一見簡単にできそうということもあり、ありとあらゆる異業種参入によって、デザインに関してはほとんど素人と言っても過言ではない者が制作していたり、パソコンのエンジニアとしては経験があるものの、デザインについてはあまり経験がない者が制作していることの結果である。またひとつには、ホームページの制作を簡単に行えるというふれこみのソフトを何の疑問もなく利用している結果でもある。
背景色と同系の文字のため読みにくいページの例  もうひとつ具体例をあげよう。次の図(図2)は色の違いを示したものだ。色覚に異常のない者には、赤、緑、黄、青は異なって見える。ところが、色覚異常を持つ者には灰色として映っている。このようなことを無視して、ページのなかで「良かったら赤いボタンを押してください」などとしてもわからないのである。色別のボタンには番号を付加するといった工夫がしてあれば、色覚障害の者でもそうでない者でも利用できる。
 このようなインターネットのホームページとバリアフリーを巡る問題については、米国ではすでに複数の団体や機関、研究者が取り組み、多くの研究成果が報告されている。一九九九年には、インターネット関連企業や研究機関を中心とするW3C*7(World Wide Web Consortium)が障害者にもアクセスしやすいホームページを作成するための細かな注意点を示した「Web Content Accessibility Guidelines」を発表している。また、W3Cのガイドラインに比較すると簡単なものではあるが、日本でも同年に郵政省が「インターネットにおけるアクセシブルなウェブコンテンツの作成方法に関する指針*8」を発表している。
 これら二つのガイドラインに先立ち、筆者も参画した東京都の「都政情報提供システム」構築作業では、バリアフリーの観点からホームページのデザインを検討し、ホームページを実際に作成する際に配慮すべき点を具体的に指摘することを試みた。その成果は一九九八年に公表し、一部は東京都のホームページ*9に掲載され、全文は筆者のホームページ*10に掲載されているので参考にして欲しい。

誰のための「バリアフリー」か

 米国では十人に一人が障害者であると言われている。「まさか!」というのがわれわれ日本人の大方の反応ではないだろうか。
 日本では、たとえば視覚障害者というと「目の全く見えない人=全盲の人」を思い浮かべる傾向があるのではないか。しかし、筆者も眼鏡をかけているが、考えてみれば眼鏡なしでは生活はできない「視覚障害者」なのである。障害者手帳を持っている者だけが「障害者」ではないのである。
 中度・軽度の障害、さらには、年を重ねるにつれて誰でもが経験することになる身体機能の低下といった点にも配慮した情報のアクセシビリティの確保が、今後の日本社会の高齢化を見据えた場合には強く求められる。
 そして何より、より多くの人が、とりわけ「公平性」が重視される仕事に携わる行政職員が「情報アクセスに関するバリアフリー」を身近なものとして感じられんことを切に願う。

*1)Americans with Disabilities Act Accessibility Guidelines.
*2)Telecommunications Act of 1996.
*3)この件については、朝日新聞1995年7月1日付夕刊(東京版)19ページ、同1995年11月11日付朝刊(東京版)37ページ、同1996年5月8日付夕刊(東京版)12ページに詳しい。
*4)財団法人地方自治情報センターが提供するホームページ「地域発見」による。
*5)読み上げソフトとしては、日本IBMの「HomePage Reader」や「ProTALKER97」、富士通中部システムズの「OutSpoken」、システムソリューションセンターとちぎの「95Reader」、アクセステクノロジーの「VDM100W-PC-TALKER」などが代表的。
*6)「ニューメディア」1997年10月号,86ページ。
*7)http://www.w3.org/TR/WAI-WEBCONTENT/
*8)http://www.mpt.go.jp/pressrelease/japanese/tsusin/990528j502.html
*9)http://www.metro.tokyo.jp/INET/ANNAI/BARIA/HTML.HTM
*10)http://www.iceice.com/nakamura/ronbun/tku01.html(本稿掲載時は、http://village.infoweb.ne.jp/~ua/index.html)

中村広幸(なかむら ひろゆき)
昭和三四年、横浜生まれ。東京大学理学部化学科、工学部都市工学科卒業。東京大学大学院社会学研究科修了。
大学時代から科学雑誌やパソコン雑誌などに寄稿。高校時代の米国留学直後にパソコンネットワークを使い始め、パソコン通信の黎明期からネットワークやインターネットに利用者の立場でかかわってきた。情報化の社会的な側面に関する研究を専門とする情報環境研究所を主宰し、地域情報化の構想・計画づくりや情報化事業に地域と一緒になって取り組むかたわら、大学での研究活動も行っている。専門は社会情報学。「地域と情報」「情報と空間」に関する研究、講演、執筆活動を行っている。
東京都の都政情報提供システムに見直し段階から立ち上げまで専門委員として参画、福岡県災害共済基金組合のフクオカメディアウェイ事業の評価委員でもある。


※本稿は、財団法人福岡県市町村ふるさと交流センター(現在は財団法人福岡県市町村研究所)が発行した『ふくおかプラザ2000』(pp.12-15)に掲載されたものである。
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