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15 だれがデザインの責任を負うのか(第三者監理の課題) |
環境建築の評価はだれがどのように下すのだろうか。環境建築の求める先はどこにあるのだろうか。
最近、国土交通省はCASBEEを開発し、名古屋市や大阪市がこれを環境計画書に採用することになり、青森県など他の自治体へも広がりをみせている。世界の環境建築評価指標としては、BREEAM(イギリス)、LEED(アメリカ)、GBツール(カナダ)などが使われ、アメリカの建築家などは名刺にLEED建築家という肩書きをつけるほどである。この国産のCASBEE評価指標が最近中国に採用されることになったことを聞いたが、アジアの風土の中から生まれた日本の評価指標がその風土の中での価値が認められたわけで、ソフト分野の国際化への成功例として今後が期待される。
一方住宅など、ライフスタイルによって居住者の満足度が左右される建築では、かならずしも満遍なく快適な環境が良いとはいえないこともわかってきた。現在、建築家協会では環境建築賞を設け、様々な環境建築を表彰しているが、その中にはすばらしい界隈空間を創出したものや、朽ち倒れそうな民家を復活した例など、エネルギー問題だけでなく環境を丁寧に創り出している作品も多く表彰されている。
建築家協会の環境行動委員会では建築家が自分で簡単にエネルギー消費を把握できるツールとして環境データシートを作成した。家庭で毎月支払う電気代、ガス代、灯油代、水道代などのエネルギーをその量と金額を一年間記録し(会社に問い合わせると資料をもらえる)、それを代入すればエネルギー消費やCO2消費量がグラフに表示される簡単なシートである。建築や設備の学会などでの調査の結果と比較すると、その建築のエネルギー的位置づけが自分で把握できるツールとして開発されたもので、CASBEEが客観的評価を目指しているのに対して、設計の工夫がエネルギー消費のどの分野に影響するかを自分で推察できるところに重きをおいたツールである。まだ試行段階であるが、その検討過程で2つのモデル的住宅を徹底研究したところ大変興味深い結果が生まれた。その一端を紹介する。
H邸は環境建築家の自邸で、環境建築として考えるべきことを考えぬいた住宅である。木造の構造は新しい架構形式で、小さな部材を互い違いに重ねて栓で一体化し、金物を使わない在来工法のよさを取り入れている。断熱材は屋根面に注入式セルロース系断熱材、外壁面にオーストラリア製衣類リサイクル断熱材などを採用して十分な断熱性能をもっている。未利用エネルギーとして太陽熱と雨水・井戸水を利用している。太陽熱利用としては、屋根面から直接集熱するOMソーラーシステムを採用し、居間の室温は21〜22℃で冬でも安定している。自然の通風・夜間換気によることが中心で、エアコンはほとんど使用していない。雨水と井水と複合して貯留槽 (2 トン)に蓄え、雑用水や野菜・果樹(柿、ざくろ、みかん)園の散水用に使用している。生ごみは電気による生ゴミ処理機で堆肥をつくり、全て菜園に利用している。6人家族がいつも風呂に入れるように電気の24時間風呂を利用している。H邸では生ごみ処理機や24時間風呂などの一般より電気を多く利用しているにもかかわらず、エネルギー消費は0.3ギガジュール/u年と環境建築先進事例の中でも良い結果が得られている。
もう一つのY邸は環境建築とは対照的なコンクリートとガラスの建物である。香港島の文武廟、ローマのパラッツオ・マッシーモの中庭における空間体験をきっかけとして造られた3戸の集合住宅である。建物の中心に内部空間として構成された「ソト」---中庭をもつ。天と地に向く垂直軸の存在感のある建物である。断熱材は一切無く、屋根面も防水コンクリート一体工法で断熱も天井も無く、周囲は内外コンクリート、ガラスが中庭を囲っている。サッシは香港やシンガポールから輸入した鉄製サッシで隙間風がはいる、熱帯仕様のサッシである。ガラスルーバーには内側にジッパーのついたビニールカーテンがつけらているが、下部は隙間がある。訪問した3月はじめは寒い日で、居間には排気筒付灯油ストーブと壁掛け電気エアコン、そしてスタンド型の灯油ストーブの3つが置かれていた。寒い日は冬の野原で焚き火をしているような感じだという。Y氏と夫人は灯油をできるだけ利用するなど、エネルギー消費を抑えるライフスタイルの工夫を行い、一時期はダイニングテーブルの下にヒーターを入れ、コタツのように布で覆って食事をしていたという。Y邸のエネルギー消費は0.7ギガジュール/u年とかなり高い消費結果が得られた。
理科大の井上研究室での4,000もの事例研究では、様々なライフスタイルによって違いが出ることが分かってきているが、この二つの事例を徹底研究すると環境建築の快適性評価と建築に対する満足度の相関が分かってくる。
H邸では快適さと満足度は一致し、環境建築のモデルとなっていることがわかる。一方のY邸では、冬の寒さや夏の暑さは厳しく、何歳まで耐えられるかと話している程だが、一方中間期の空間のすばらしさは他に替えがたいものがあり、このシーズンの満足度がかれらの一年間の生活観を支えている。快適さは一年の4ヶ月ほどだがその間の満足度は高く、他の不快さを補うほどである。
こうしてみると建築は快適性や省エネ率でのみ評価できるのでなく、あるすばらしい空間体験によってその満足感が建築を愛し、耐え忍ぶ力となることもあるということを知ったのである。住宅が一人個人のものである場合は、このように個人的な満足度によって他の不快感は耐えられるものになるが、公共的な性格をもつとそのバランスが問題とされる。また、環境に意識の高い人でも24時間風呂やゴミ処理機などで電気を消費していたり、安心感から使いすぎるといったリバウンド現象も課題となる。環境建築はどこまで省エネ化を目標とすべきか、どこまでライフスタイルの意識改革ができるかなど、考えさせられる研究であった。 |
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「所論緒論」日刊建設工業新聞7 |
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